
前日の帰りが遅くなった。それでも4時には目が覚めた。身体が習慣を覚えているのだろう。不思議と抗いたいとは思わなかった。
キャンプの準備で一番手間がかかるのは、食事のこと。何を食べるか決めて、食材を揃える。少人数のキャンプは、その分だけ一つひとつの判断が自分に返ってくる。前夜にメニューは決めていたが、買い出しの棚の前で変わった。いつもと違う店で、棚の配置が頭に入っていない。こういう小さなことが積み重なって、到着は遅くなりそうだ。
道中も渋滞した。三連休の晴天は、みんな同じことを考えるらしい。
キャンプ場はやはり混んでいた。一緒にキャンプする連れはまだ渋滞の中にいる。スペースを探しながら、ここのキャンプ場にはチェックアウトの時間が明確に決まっていないことを思い出した。それだけで、気持ちがわずかに軽くなる。時間に追われないということが、こんなにも違うのかと毎回思う。
30分ほどかけてようやく場所を確保した。想定より狭いサイトで、テントの設営には手こずった。空腹もあって、穏やかな天候を楽しむ余裕はなかった。
昼食をとってからお酒が入り、そのままうたた寝した。キャンプに来るとやることがない、という感覚を毎回味わう。ぼーっとしにきているはずなのに、手持ち無沙汰になる。矛盾しているとわかっていても、そうなる。
夜になって焚き火台に火を入れた。
炎は育てるものだ。薪を足して、空気の流れを読んで、持続させる。暖を取るだけではない。気がつくと、頭の中が静かになっている。昼間の手持ち無沙汰が、この時間に回収されていく気がした。
鍋を囲んで、静かな場所で、仲間と過ごす夜。余計なものが何もない。
ただ、就寝後に腹痛が出た。思い当たるのはソーセージだけだ。夜中に二度トイレへ行った。このソーセージは次から避けることにする。
少し後味の悪い締めになったが、焚き火の前にいた時間は本物だった。